馬篭から妻籠そして南木曽へ(その3)
馬篭宿を後にして峠への道を進みます。
背後にはこのような景色が広がっています。残念ながら恵那山は雲の中でした。
峠の手前にある峠という集落を歩いていると、峠まで後5分と声をかけられました。
そして、その言葉どおりに峠に到着しました。以前は、馬篭宿は長野県木曽郡山口村でしたが、平成の大合併で2005年に岐阜県中津川市になりました。現在では馬篭峠が岐阜と長野の県境になっています。ハイキングをしていると徒歩で県境を越えることが多いですね。
振り返ると岐阜県の標識があります。
定番?の馬篭峠の標識です。
撮影日:2008年7月21日
| 固定リンク
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/63619/41944988
この記事へのトラックバック一覧です: 馬篭から妻籠そして南木曽へ(その3):

コメント
Laylackさん、おはようございます。
半日歩きました。ズボンが汗でひっつきました。タオルは絞れる状態になりました。
やはり高いけど快適なトレッキング用のズボンが欲しくなりました。今度我が家の大蔵省に相談したいと思います。
投稿: ぞう | 2008.07.24 07:32
ぴろろさん、おはようございます。
中山道の峠越え、いろいろなドラマが繰り広げられた地でもあります。
猿、猪、熊に注意との看板がありました。幸い遭遇しませんでしたが。
投稿: ぞう | 2008.07.24 07:30
あ、歩いていったのですね・・・!
すごいですね、大丈夫でしたか?
富士山方面にバイクで行ったとき、地蔵峠に、ぶんくい峠と峠をたくさん越えました。
昔はかちでいっていたのですから、たしかに大変だったろうと思います。
僕はぞうさんの写真で、ハイキングした気になれました!(自分であるけって?w)
投稿: Laylack | 2008.07.23 22:41
ある推理小説で、馬篭と妻籠のことを知りました。
和宮という親王が題材となった小説でした。
車などない昔、信州の山を死をも覚悟して通ったといいます。
親王でもそうなのですから、お使えしていた周りの人々は本当に大変だったことでしょう。
今は、道路も整備され、危険な動植物の知識もありますから、
命がけで旅することはなくなりました。
旅好きとしては、有難いことではありますが、
失ったもののずいぶんとありそうですね。
投稿: ぴろろ | 2008.07.23 14:32